被災から18日間のみやぎ生協大代店の歩み 〜 みんなが困っているなら協力してお店を開けるだけ

2011年5月 9日

2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災発生。
マグニチュード9.0というかつて無い巨大地震と、
海岸の街をのみ込んだ大津波。
多くの被災者を出し、多くの暮らしを奪っていった。

仙台の中心街から車で40分ほど東に行くとある、宮城県多賀城市。海岸からほど近いこの街も津波の被害は甚大で、石油コンビナートからは火災も発生した。取材を行ったのは、震災から18日後の3月29日。多賀城市に入り国道を進むと、目の前に広がるのは、倒壊した家屋の瓦礫や流されてつぶれた車の山。震災発生から18日が経過した時点でも、津波による大きな爪痕を色濃く残したまま、大震災の恐ろしさをまざまざと物語っていた。

◇「この地震の恐ろしさを改めて思い知った」

この震災の影響が大きい多賀城市に店舗をかまえるみやぎ生協大代店の被害もまた大きいものだった。

大地震が発生した当日、休暇中でお店に不在だった吉田店長は「かなり大きな揺れに驚き、一瞬何が起こったのか分からなかった」と言う。そして我に返り「お店のこと、組合員さんのこと、職員のことが心配になった」と続けた。地震発生から3時間程経つと、津波の水が引きはじめたので、車を走らせてお店へ向かった。いつもと通う通勤風景の変わり果てた姿を見て、不安と恐怖で胸が締め付けられたと言う。なんとかお店に辿りついて店内に入ると、辺り一面の真っ黒な泥と散らばった商品を目の当りにして「この地震の恐ろしさを改めて思い知った」と語る。

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