厚生労働省医薬食品局食品安全部 御中
「残留農薬等の暫定基準(第2次案)等について」に対する意見
2003年に改正された食品衛生法に基づき、食品中に残留する農薬等についてポジティブリスト制を3年以内に導入するために、第1次案について意見の募集を行い、寄せられた意見に対する回答をまとめられたという、これまでにない膨大かつ緻密な作業を執り行ってきたことに心から敬意を表す次第です。第2次案に付きましては I .施行までの課題・疑問点、 II .施行後における課題と大きく二つにわけて意見を提出致します。引き続き、本制度に係り公開性、透明性の立場から取り組まれることを期待致しております。
(1)食品中に残留する農薬等の暫定基準(第2次案)について |
1.本制度の序文について
ポジティブリストに収載されている品目、対象食品のマトリックスで考えると膨大なるMRLs数となる。本制度に係り最終製品を単にサンプリングして、分析するだけでは消費者を適切に保護することは不充分である。最終段階において検査や受け取り拒絶を行うだけではなく、食品の生産、流通等、フードチェーンのすべての段階において安全性を確保することは大きな意味を持つ。仮に自主的検査によってある食品から残留農薬等が検出された場合、リスクの大きさを考慮しつつ、原因究明のためのスタート地点に立ち、どのようにマネジメントすれば改善できるかを検討すべきであり、食品原材料の生産、流通の最後まで予防措置的なアプローチを含んだ一貫したマネジメントが重要と考える。食品中に残留する農薬等の暫定基準(第2次案)1ページの序文中にこのような視点・考え方を明記すべきである。
2.本制度の理解について
暫定基準は膨大なものであるが、ステークホルダーグループ、特に食品の安全性確保のうえで重要な役割を担う生産者・製造者に対して『国民の健康の保護を図る』という目的及び本制度の概要を充分に理解させること。合わせて、5ヶ国以外で特に農産物の輸入が多い中国、タイ、台湾などの東南アジア諸国に対して、ポジティブ制度に係り充分なる理解の働きかけをお願いしたい。
3.コーデックスにおけるMRLs設定状況の把握と本制度への反映
農薬関連はFAO/WHO合同農薬専門家会議(JMPR)とコーデックス残留農薬部会(CCPR)、動物用医薬品はFAO/WHO合同食品添加物専門家委員会(JECFA)とコーデックス食品中の残留動物用医薬品部会(CCRVDF)がそれぞれ、優先順位を定めて、各物質のADI及びMRLsの設定を行っている。この最新の討議状況を把握し、本制度に適用できるように対応されたい。CCPRのパイロットプロジェクトでは、既に米国EPAからビフェナゼート、フルジオキサニル、トリフロキシストロビン3物質に関して、コーデックスInterim MRLsとして提案しているが、このMRLsと暫定リストの数値が異なっている。整合性を持たせるべきである。
4.複数の海外基準を参考とする場合
複数の外国基準を参考とする場合は平均値をとるが、当該基準に大きな違いがある場合には、単純に平均値を採用するのではなく、そのばらつきを踏まえて適切な値を採用するとなっている。しかし、例えば、テトラジホンに係り、ホップのMRLsは米国120ppm、豪州5ppmとなって大きく隔たりがあるが、平均値60ppmが採用されている。このような物質については引き続きそれぞれの設定根拠等の調査が必要と考える。
5.有効数字と数値の丸め方について
複数の外国基準を参考にする場合は平均値をとり、有効数字1ケタとするとなっている。一方、1カ国の外国基準を参考にする場合の取扱いはどのようになるのか。例えば、ビフェナゼートに係り、ホップのMRLsは米国15ppm、暫定基準は20ppmが採用されている。数値を丸めるのではなく、米国15ppmを採用した方が合理的ではなかろうか。このような物質については引き続きそれぞれの設定根拠等の調査が必要と考える。
6.掲載のない物質の確認
動物用医薬品であるイプロニダゾール、ナイスタチン、ロイコマイシン(別名キタサマイシン)、プロピオニルプロマジンについては本リストに掲載されていないので、暫定基準を設定し、収載されたい。また、ホルモン剤であるジエチルスチルベストロールの取扱いについて別表1に掲載する等の考え方を示されたい。
7.親化合物と代謝物の関係
暫定基準における規制対象の農薬等の範囲について、特に親化合物(品目名)と代謝物の関係を明確にするために、相関関係について一覧表を作成することを要望する。脚注における記載では分かりにくい。
(2)「人の健康を損なうおそれのない量として厚生大臣が審議会の意見を聴いて定める量」の設定について |
食品衛生法改正に伴い、ポジティブリスト制度の導入に際し、「人の健康を損なうおそれのない量」を設定することとなり、リスクアセスメントの立場から一律基準の設定を行なわなければならなかったという貴省の状況は理解できる。しかし、EUがリスクマネジメントの立場から一律基準の設定をおこなっており、その理由が[1]ゼロ残留は困難である、[2]調査対象とされた使用農薬のほぼすべてに一律のMRLsを設定することで消費者が保護される、[3]検査を担当する研究施設には予想される全ての農産物/物質の組み合わせに対応する検査設備が整備されておらず、詳細な検査よりも効率が優先されマルチ検出法が使用されていると記述されている。この理由は極めて明解であり、貴省がリスクマネジメントの立場から考え方を示すことは、リスクアナリシス適用の中で、特にリスクマネジメントのオプションしても適切と考える。
人の健康を損なうおそれのない量として厚生大臣が審議会の意見を聴いて定める量を一律基準と規定しているが、元来、それぞれの物質はそれぞれ固有の毒性学的特性を有しているので、様々な物質に対して一律の基準値の設定をおこなうことは理論的には成立しない。今回の提案は、リスクアセスメントによって「人の健康を損なうおそれのない量(一律基準)」が定められると述べているが、一律基準値はすぐれてリスクマネジメントに係るものである。したがって、EUのDefault MRLsの考え方を採用すべきであり、食品安全委員会に食品健康影響評価を依頼しても明解な回答は得られない可能性が高いと考える。
5ページの記述"発がん性エンドポイントに基づく1.5mg/ヒト/日というTTCは適切な安全域を示すものであり...."は、「人の健康を損なうおそれのない量(一律基準)」の設定にあたって、発がん性を有する物質であっても、TTCが1.5mg/ヒト/日であれば、安全であると記載されている。しかし、本来発がん性リスクのある農薬等を使用すべきでなく、残留を認めるべきでないという本制度の基本的考え方からして、発がん性を有する物質はポジティブリストに掲載しない方針が出されているので、本記述は適切ではなく、発がんリスクに対する考え方を提示したという誤解を生じる可能性がある。
(3)「人の健康を損なうおそれのないことが明らかであるものとして厚生大臣が定める物質」の設定について |
IV の対象外物質の設定について(1)~(3)の考え方を示し、V の対象外物質が例示されている。しかし、例えば V の[1]許容一日摂取量(ADI)の設定が不要とされた物質は IV の(1)~(3)のどの分類になるのか示されていないので、明確にされたい。
2次案等が公表され、これらの基準値が設定されることになったことは、今後、監視・指導という制度運用の要となるスタート地点に立ったものと理解している。このため、以下の課題を列挙するので、参考にされたい。
1.相談・協議窓口の設置
本制度導入に当たり、第1次案に提出された意見の中に多くの質問や個別の疑問点、法律上の解釈などが多く出されている。2次案以降も同じような事例が発生することが予想されるので、貴省における相談・協議窓口の設置をおこない、その事例について関係者に知らせる体制の整備を要望する。
2.監視体制の充実強化
農水省及び各自治体と連携・強化のもとで、フードチェーンの各段階における原料、製品のモニタリングやサ-ベイランス検査に取り組んで戴きたい。特に監視・指導の考え方を明確にし、一貫した運用を行うようにガイドライン等の策定を要望する。更に検査結果については速やかに公表することを要望する。
3.分析法の確立(標準品の入手を含む)及び分析法の進捗状況の報告
本制度施行に向けて、国立食品医薬品研究所が中心となり、都道府県の衛生研究所や農産技術センターの協力のもとで、遅滞なく一斉分析法の開発を要望する。あわせて、諸外国や大学の研究機関、医薬品製造メーカー等の技術協力により、より幅の広い情報・データを入手すべきである。これらの進捗状況について逐次公開されたい。特に、別表1に掲載された物質の分析法について最も重要であると考えるので遅くとも施行までに情報公開を要望する。
(1)食品中に残留する農薬等の暫定基準(第2次案)について |
1.リスク評価に基づくMRLs設定の促進
本来、農薬、動物用医薬品は、まず毒性資料に基づくADIの設定(暴露評価など一連の安全性評価や残留試験データを含む)をおこない、その結果に基づき、各種農作物、畜産動物、水産養殖魚等にMRLsが設定されるべきであると考える。国内における農薬の登録、動物用医薬品、飼料添加物の承認・申請及び輸入食品に係る残留の可能性のある農薬等のImport Toleranceに基づく資料の提出を最大限求め、リスク評価に基づくMRLs設定を促進させるべきである。
2.暫定リストの見直しについて
農薬、動物用医薬品摂取量の実態調査の結果及び国際機関での検討状況等を総合的に判断し、優先順位品目を設定した上で、上記に述べた毒性資料データの収集、日本人の食品摂取量に基づいた暫定基準の見直しを要望する。また、コーデックス、米国、EUにおける基準値設定の作業は、影響を受け易い人口集団、特に小児に対する暴露評価が大きな関心事になっており、日本においてもこの観点からの調査が重要と考える。例えば農薬では急性参照用量(acute RfD)が安全性評価のうえで重要である。
3.取り締まりの影響についてのアセスメント
本制度の導入により、これまで食品中に残留する農薬等の基準値についてほぼ網羅的にカバーできるが、一方で本制度が普及・定着するためにはかなりの時間が必要であり、この制度導入によって国民の健康保護がどの程度確保されるのかのアセスメントが必要となる。2003年FAOが発行した『食品の安全性と品質の保証』には次のように記載されている。『食品コントロール措置を計画し、そして実行する場合には、食品産業の法遵守のためのコスト (資源、人員、および財政的影響)を考慮しなければならない。というのは、このようなコストは最終的に消費者に転嫁されるからである。取り締まりの影響についてのアセスメントは、優先課題を決定する上で益々重要となっている、そして食品コントロール当局が最も有益な影響を達成するようにその方針を調整し、改訂するうえで役立っている。』と記載されている。このガイドラインの趣旨に照らして本制度のアセスメントが必要であるが、この件に係るシステム提案についてどのように考えるのか。更にこのアセスメントの適用によって法律の改正等が必要である。
4.情報提供について
暫定基準策定に使用した5ヶ国(地域)の他、野菜類などは実態として中国、タイ、台湾などの東南アジア諸国からの輸入が多いのが実態である。これらの国々における農薬等使用状況や基準値の設定状況等の情報を把握する必要がある。また、EU基準とEU加盟国の基準が必ずしも一致していない状況がある。こうした海外の情報は把握しにくいため、厚生労働省及び農林水産省が中心になって最新情報の発信を要望する。
5.栽培時に使用した農薬以外の汚染による残留性への影響について
直接、農産物に直接使用しないが、農産物を汚染する可能性のある農薬等の考え方の整理が必要である。ゴルフ場や街路樹に使用する農薬からの汚染、諸外国での使用する使用方法などについて、調査することは非常に困難であるので、農水省と連動し情報提供をお願いしたい。
6.光分解・代謝等によってより毒性が懸念される物質
農産物に農薬を使用した後における光分解、動物体内で親化合物が代謝される、加工による食品中に残留する化学物質の毒性が強まることが懸念される物質に係る必要なマネジメントを検討すべきである。
7.脂肪中に残留する化学物質
現在JECFAは生乳ベースにおけるMRLsを勧告している。しかし、脂溶性物質では脂肪中の残留濃度は全乳に比べ25倍もの高濃度となる可能性があり、チーズ、バターなどの高脂肪含有加工食品中の非常に高い残留濃度につながる可能性がある。この点について検討すべきである。
(2)「人の健康を損なうおそれのない量として厚生大臣が審議会の意見を聴いて定める量」の設定について |
食品安全委員会から「人の健康を損なうおそれのない量として厚生大臣が審議会の意見を聴いて定める量」として食品影響評価が示された後からも、科学の進展により新しい毒性学的エンドポイントに照らして、「人の健康を損なうおそれのない量」の見直しが必要と考える。
(3)「人の健康を損なうおそれのないことが明らかであるものとして厚生大臣が定める物質」の設定について |
1.対象外物質の規定の整備
2次案で示された対象外物質(案)は、法的背景、農薬取締法、海外での取扱い、対象外物質の設定、対象外物質の項目が記載されている。しかし、対象外物質を設定する概念及び規定が明確に記載されていない。例えば対象外物質のリストに掲載がなく、暫定基準値がない物質の取扱いはどのようになるのか、検討を要望する。なお、除外する条件としてGMP、GAPの必要性を述べているが、この場合は制度そのものの整備や説明が必要となる。
2.対象外物質のリストの確定
対象外物質は例示とするのではなく、網羅的リストを作成し、継続して評価していくべきである。例えば、既存添加物名簿の収載に際しては定期的な見直しを実施している。このように対象外物質も一旦全ての物質についてリスト化を行い、その後定期的メンテナンスを要望する。
3.データの収集
自然に含まれる量を超えないという判断をするためには、自然に含まれる量のデータが必要となる。特にホルモン剤などこれまで国内でのデ-タ蓄積のない物質等、優先順位を定めて調査されたい。
1.レファレンスラボの設置と妥当性の確認された分析機関
国際的には精度の高い分析法や公定法の分析の施行を保証するために妥当性の検証が行われており、分析法の精度管理が厳しく求められている。日本でも精度管理、一貫した分析法の実施などに向けて、レファレンスラボの設置を検討されたい。
2.分析法の進展
科学技術の進歩により、分析法も日々進化している。分析法は、クロス分析など分析機関の連携・強化による常時見直しが必要と考える。
最後に
本制度導入にあたり、リスクアナリシス、とりわけ、ステークホルダーグループによるリスクコミュニケーションが大切である。今後も引き続き、リスクコミュニケーションに係る会合や本制度に係るQ&Aの策定など、いろいろなツールを用いて旺盛なるコミュニケーションを検討されたい。なお、英国FSAのホームページには農薬に関するあらゆる記事が掲載されており、特に消費者向けのQ&Aが参考になると考える。
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