2003年08月26日
弁護士報酬敗訴者負担問題に関する意見を提出
政府・司法制度改革推進本部事務局は、7月29日~9月1日の期間でパブリックコメントを募集しています。日本生協連(本部:渋谷区、小倉修悟会長)では、以下の内容でパプリックコメントを提出いたしましたのでご案内します。
2003年8月25日
司法制度改革推進本部事務局 弁護士報酬敗訴者負担に関する意見
日本生活協同組合連合会 貴本部では、司法アクセス検討会を中心に、弁護士報酬敗訴者負担制度の導入のあり方について検討を進められてきています。同検討会では現在、同制度を導入しない訴訟の範囲等に関して議論されていますが、7月29日付の貴事務局の意見募集に基づき、消費者・市民の立場から下記の意見を提出いたします。 1.弁護士報酬敗訴者負担制度を導入する目的について 今回の司法制度改革の方向性については、2001年6月に発表された司法制度改革審議会意見書に示されている通り、「国民に身近で利用しやすく、その期待と信頼に応えうる司法制度を実現」するために、「国民が、容易に自らの権利・利益を確保、実現できるよう、そして、事前規制の廃止・緩和等に伴って、弱い立場の人が不当な不利益を受けることのないよう、国民の間で起きる様々な紛争が公正かつ透明なルールの下で適正かつ迅速に解決される仕組み」を整備することにあると考えられます。 弁護士報酬敗訴者負担についても、こうした方向性に沿って国民が裁判を利用しやすくなるか否かという視点から、導入のあり方について検討することが求められています。審議会意見書のこの問題に関する記述も、「訴訟を利用しやすくする見地から」導入すべきであると述べつつ、「不当に訴えの提起を萎縮させない」という見地から一律の導入はすべきでないとしています。 以上のことから、弁護士報酬敗訴者負担制度を導入する目的は国民の司法アクセスの促進にあり、逆に提訴に対する不当な萎縮効果が認められる場合には導入すべきでないと考えられます。国民の司法アクセスの促進という方向性自体については、消費者・市民として何ら反対するものではありません。上述した目的に沿って、訴訟類型ごとに裁判の実情に根ざした検討が必要です。 2.訴訟類型ごとの弁護士報酬の負担のあり方について 弁護士報酬の負担のあり方については、諸外国においても、各自負担制度を基調としつつ一部で片面的敗訴者負担制度を採用しているアメリカ、明文上一定の事件を除外しているドイツ、衡平や経済的事情を考慮して裁判所が負担の可否を決定できるフランスといったように、一律の制度となっているケースは少ないものと思われます。 負担のあり方に関する制度は、大まかに言って、(a)各自負担、(b)両面的敗訴者負担、(c)片面的敗訴者負担の3通りが考えられます。検討会では、(b)(c)ともに敗訴者負担制度として本質的な違いを認めないかのような意見も見られますが、(b)と(c)は全く性格が異なるので同列に扱うべきではありません。以下に述べるように、(c)ならば司法アクセスを促進するけれども、(b)では逆に不当な提訴萎縮効果を生じるというケースもあるからです。あくまでも、1で述べた目的に沿って訴訟類型ごとにいずれの制度が適切かを検討する必要があります。 (1)当事者間に構造的な情報格差がある訴訟――片面的敗訴者負担が適切 消費者・市民と企業・専門家との間で争われる訴訟のように、当事者間に構造的な情報格差がある訴訟については、司法アクセスの促進と提訴萎縮効果の排除という両面から見て、劣位にある消費者・市民が勝訴した場合にのみ企業・専門家が相手方の要した弁護士報酬を負担する、片面的敗訴者負担が適切です。 例えば、PL訴訟における消費者と製造者、医療過誤訴訟における患者と医師・医療機関では、情報が後者の側に偏在しているため、消費者・市民は自らが主張する事実を証明することが難しく、勝訴の見込みを立て難いのが実情です。さらに、こうした場合には当事者間に著しい資力の格差がある場合も多く、資力の乏しい消費者・市民の方が敗訴を想定した場合の負担感は大きくなります。 このようなケースにおいて両面的敗訴者負担制度が導入されれば、情報の偏在による勝訴見通しの困難と、弁護士報酬の負担感の重さが相俟って、相対的に弱い立場にある消費者・市民に対する不当な提訴萎縮効果をもたらすことは明白です。片面的敗訴者負担であれば、消費者・市民は敗訴した場合でも現在より重い負担を被ることがないため、提訴萎縮効果を懸念することなく司法アクセスを促進することができます。 (2)行政訴訟・国家賠償訴訟――片面的敗訴者負担が適切 行政訴訟や国家賠償訴訟については、原告たる国民が勝訴した場合にのみ国が原告の要した弁護士報酬を負担する、いわゆる片面的敗訴者負担制度の導入が適切と考えます。 主として公権力の行使の違法性をめぐって争われるこれらの訴訟では、国の威信をかけ、持てる情報と知識の全てを投入して訴訟に臨んでいることもあって、原告たる国民が勝訴することは極めて難しいのが通例です。したがって、両面的な敗訴者負担制度を導入することは著しい提訴萎縮効果につながるため不適切です。その一方、原告が勝訴した場合を考えると、そもそも国の行為が適法であれば原告の権利が侵害されることはなかったのであり、しかも権利を確保し、または救済を受けるためには訴えを提起する他に方法がないため、原告の支払った弁護士費用は違法に公権力を行使した国側が負担すべきと考えられるからです。ヨーロッパの例を見ても、行政訴訟については片面的敗訴者負担となっているケースが見られます。 (3)その他の訴訟――実情を踏まえた慎重な検討が必要 この他にも、婚姻関係や家族関係をめぐる訴訟(人事訴訟)、労働事件(労働組合と企業との間の訴訟)などについては、ヨーロッパで各自負担とされているケースがあります。こうした訴訟類型についても、日本における実情を考慮した上で、不当な提訴萎縮効果を生じないような扱いをすべきと考えます。 また、同制度を導入する目的が司法アクセスの促進であることから言えば、どのような訴訟類型について同制度が司法アクセスの促進効果を持つかという角度から検討することも求められます。典型的には、一定規模以上の企業同士の訴訟などが考えられますが、制度導入が司法アクセスの促進効果を持つ訴訟類型はそれほど多くない可能性もあります。 いずれにせよ、同制度が導入の仕方によって司法アクセスの促進という目的と全く逆の提訴萎縮という効果を生み出す危険性を持っていることは、審議会意見書も指摘している通りです。制度を導入する訴訟の範囲、あるいは導入しない訴訟の範囲については、単なる制度的建前論ではなく、現在の訴訟の実情についてきちんとした認識を共有しつつ、慎重に検討することが必要不可欠です。 3.法律扶助との関係について 日本の法律扶助は、法律扶助協会により取り組まれてきましたが、事業の法的根拠となる民事法律扶助法が制定、施行されたのは2000年になってからであり、質量ともに欧米とは大きな開きがあります。消費者・市民の司法へのアクセスの向上という見地からは、法律扶助事業の一層の充実が必要です。量的な充実と併せて、現在、生活保護受給者に対する免除制度の対象となる場合を除き、全額を当事者が返済することとしている制度のあり方についても検討が求められています。イギリスやドイツに見られるように「資力に応じた負担」という考え方を導入する、訴訟類型等による負担の全部又は一部の免除制度を導入するなど、資力に乏しい層が裁判を活用して権利の実現を求めやすくするための改善についても検討する必要があります。 |