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日本生活協同組合連合会オフィシャルサイト

2001年10月03日

狂牛病の発生と行政の対応への見解

 
2001年10月2日
日本生活協同組合連合会

狂牛病の発生と行政の対応への見解

はじめに

日本で初めて発見された狂牛病の神経症状を有する牛は、消費者の大きな不安のなか、発見からおよそ1ヶ月半を経過して、英国の機関の検査によって狂牛病と確定されました。しかし、原因は未だに特定できていません。

既に、日本生協連では9月12日に「国内での狂牛病発生についての見解」を発表していますが、その後の事態の推移も踏まえ、改めて今日的な見解を表明するものです。

狂牛病は、すでに1986年から英国で表面化し、現在までに100名を超える死者を出すという深刻な被害を生じさせるとともに、牛肉消費の激減などの大きな影響を及ぼしました。欧州では、こうした教訓から、狂牛病に対する抜本的な対策をとるとともに、消費者の健康保護の立場から、法制度や行政組織の改革を実施し、リスク・アナリシスに基づくトレーサビリティやリスク・コミュニケーションを含む今日的な食品の安全性確保のための社会システムの整備・改革が進められてきました。

しかし、日本では、こうした欧州での教訓があるにも拘わらず、狂牛病感染の原因とされる肉骨粉一つをとっても、その管理や対策は極めて杜撰なものでした。この春の私たちの農水省と厚労省への狂牛病対策の強化の要請にもかかわらず、両省は「狂牛病は日本には入っていない」との態度に終始してきました。狂牛病の発生以降の対応についても、調査の杜撰さや情報隠し、対応の遅さ、農水・厚労省間の連携の問題など、行政としての責任感や危機感の欠如には憤りを覚えます。都道府県等の屠畜場管理も不十分であり、今回の事態への対応もマチマチです。もとより、牛乳や牛肉は安全であるにも拘わらず、消費者の不安と不信が増幅され、牛肉などの消費が大きく減少している要因は、こうした行政の姿勢と的確な実態把握と情報提供の欠如にあります。

現在、農水省・厚労省から、段階的に対応策が発表されています。しかし、今回の事態の背景には、日本の食品安全確保のための法制度・社会システムの根本的な欠陥があるといわざるを得ません。現在の食品衛生法の目的には、公衆衛生の向上が謳われるだけで「国民の健康確保」や「食品の安全性の確保」の視点がありません。国の裁量権は定めていますが責務規定がありません。当面の狂牛病への対策を早急に措置するとともに、既に欧米で実施されている食品安全確保のシステムに習い、消費者の健康を最優先し、法の改正も含めた今日的な食品の安全を確保できる社会システムを早急に確立していくことが必要です。また、農水・厚労の縦割りの弊害を見直し、屠畜場の管理を含め国と都道府県等の連携を強めるなど、トータルな対策が必要です。こうした法制度の整備も含めた総合的な対策、社会システムを構築していくことこそが、今回のような事態の再発を防ぐための本質的な解決策だと考えます。

1.欧州における狂牛病対策と教訓

狂牛病は1986年に英国で初めて発生が確認されました。翌1987年には肉骨粉の牛への給餌が原因と推定され、英国では1988年に牛への肉骨粉給餌を禁止しています。しかし英国で1998年以降に生まれた牛にも発生しているうえ、1990年以降には更に欧州各国でも発生するようになっています。その原因には、英国からの牛由来製品の輸入禁止措置が不十分であったこと、英国では禁止されていた牛への肉骨粉給餌が、他の国ではなされていたという実態があります。

EUは1994年に反芻動物への肉骨粉給餌を禁止しましたが、1990年代後半にかけて各国で狂牛病は増加を見せています。2000年には食肉の汚染が大きな社会問題となり、EUは昨10月、以下のような措置を決めています。

2000年10月発表のEUの主な対策

  • 全ての家畜への肉骨粉の給餌禁止
    (2001年6月までだったものを6ヶ月延長)
  • 30ヶ月齢以上の牛のプリオン検査
    (暫定的に検査を受けていない30ヶ月齢以上の牛の買取り、処分)
  • 特定危険部位の流通管理(以下の動物の部位は流通禁止)
    牛(12ヶ月齢以上)・・・脳及び眼を含む頭蓋、扁桃、脊髄
    〃(全年齢) ・・・小腸(十二指腸から回腸まで)
    羊・山羊(12ヶ月齢以上)・・・脳及び眼を含む頭蓋、扁桃、脊髄
    〃(全年齢) ・・・脾臓
    (英国・ポルトガルは加えて)
    牛(6ヶ月齢以上)・・・舌を除き脳・眼・三叉神経節・扁桃を含む頭部、胸腺、脾臓、脊髄
    〃(30ヶ月齢以上)・・・脊柱(後根神経節を含む)

この7月にEUでは、暫定措置として実施されていた全家畜への肉骨粉給餌禁止を、反芻動物に限定する形で緩和する方針を決定しています。しかし、この措置は、飼料や牛の管理制度によって肉骨粉の牛への給餌が完全に阻止できる見込みが立ったためと考えられます。

欧州では、以上のような狂牛病対策が採られてきましたが、あわせて、消費者にとっての食品の安全性確保や健康保護を優先する立場から、狂牛病対策に止まらず総合的な視野に立って、法制度や行政組織の改変を実施してきました。「農場から食卓まで」を視野に入れた、リスク・アナリシスに基づいたトレーサビリティやリスク・コミュニケーション、消費者参加の導入など、今日的な食品の安全性確保のための社会システムの整備・改革が進められてきています。英国や欧州でのこうした対応の事例について、当然日本でも、もっと早くから研究し見習うべきものでした。

2.狂牛病の国内発生に至る問題点

日本では、1996年になってから、農水省が英国からの牛肉・加工品等の輸入を禁止しました。また、肉骨粉を牛に給餌しないよう指導を行ないましたが、これは指導の範囲で法的拘束力を持たず、農家への周知も徹底されていませんでした。同年、厚生省は屠畜場法施行規則を改正して狂牛病の検査を行なうこととしましたが、検査の方法は牛に神経症状が現われていないかを目視で観察するというものであり、目視で異常が認められた場合にのみ脳の組織検査に回すというものでした。また、検査法の確立や異常発見の際の対応ルールも未整備だったことは、今回の事態で示された通りです。

農水省はやっと今年1月から、EU諸国等からの牛由来食品・飼料原料の輸入の禁止、反芻動物由来の原料の反芻動物用飼料への使用禁止などの措置を取りました。厚労省も1月からEU諸国等からの牛由来食品輸入を自粛するよう指導しました。

両省のこれらの対策は、以下のような点で不十分なものでした。

  • すでに狂牛病が発生していたEU諸国からの肉骨粉の輸入を止めず、1996~2000年に8万トンもの肉骨粉が輸入されてしまった。
  • EU以外の第三国を経由して輸入される肉骨粉などについて、調査やチェックがなされていない。
  • 肉骨粉の牛への不給餌を指導で済ませたため、少なくない農家が肉骨粉を使った豚・鶏用飼料や飼料用補助剤を牛に給餌した。
  • 屠畜場で行われる検査が外観の観察であったため、発病前の牛は食用に回されたおそれがある。また農場で発病した牛が他の病気として処理され、肉骨粉に回っていった可能性もある。
  • 狂牛病が国内に入っていないという根拠のない前提で進められていたため、屠畜場での危険部位の除去や流通の規制が行なわれなかった。

本年、EUは、EUから肉骨粉などを輸入した48ヶ国について、国内対策の状態などから狂牛病リスクを評価した報告書を作成し、6月の段階で日本が狂牛病発生の可能性がある国であることを通告しました。しかし、農水省は評価基準が異なる等の理由で、報告書を出さないようEUに抗議したため、EUは日本への評価を取り下げています。農水省は国内で狂牛病が発生した現在に至ってもその報告書を受け取っていないといいます。有効な対策を取るためには、狂牛病対策の先進国であるEUに学ぶことが必要であったにもかかわらず、これを怠ってきた責任は重いといわなければなりません。

最近になって、1996年以前に英国から肉骨粉が333トン輸入されていたことが英国側の資料から判明しましたが(別の報道では英国から輸入された肉骨粉は88年349トン、89年350トン、90年262トンという)、農水省では把握されていません。狂牛病と肉骨粉の関係が既に1987年の時点で判明していながら、肉骨粉が英国から輸入されていたことは、農水省が行政としての責任を果してこなかったことを示しています。

厚労省についても、本年2月の私どもが行った狂牛病対策とプリオン検査の徹底の申し入れに対して、神経症状がある牛が屠畜場に来るとは考えにくい、等として真面目な対策を放棄してきており、農水省と同様に責任があります。

欧州で起きている事態を理解し、国民の健康と安全を考えるならば、当然にも採られるべき予防措置が採られて来なかったのです。ここには、行政の姿勢と、その背景にある食衛法などの法制度の問題点が指摘できます。

3.国内での狂牛病発生以降の動きと問題

8月6日、千葉県白井市の農場産の5歳の乳用牛1頭(1996年3月26日生)が食肉処理場で神経症状を呈し、脳(延髄)が動衛研の精密検査に回されました。動衛研で一旦プリオニクステストにより陰性の判定を受けたものの、続いて県が行なった病理組織学的検査で脳組織に空胞を認めたため、再度動衛研で免疫組織化学的検査を行ったところ陽性と判定されました。しかし、国内検査機関では最終確定できず、英国の獣医研究所に検査を依頼して狂牛病と断定されています(しかも、最初に実施されたプリオニクステストは検査ミスであったことが判明しています)。

当初焼却処理されたと説明されていた患畜は、処理業者の手を経て肉骨粉に加工され、飼料会社で飼料に加工されていたという問題も発生しています。千葉県の調べでは、患畜が混ざった可能性のある飼料1132トンの大半は豚・鶏・魚の飼料として消費されてしまい、16トンを回収、20トンが販売先不明という結果になっています。牛に給餌されたか否かは確定できませんが、杜撰な屠体管理によって、汚染が拡大された可能性があります。

千葉県と農水省の調べでは、患畜は北海道から移入されたものであることが判明しました。しかし、千葉の農家も北海道の農家(すでに廃業)も肉骨粉の給餌を否定しており、各農家が飼料を購入していたという飼料会社も肉骨粉の配合はしていないということになっています。肉骨粉を介した狂牛病の感染ルートが判明していないという事実は、消費者の不安を一層大きくするものです。

さらに農水省が発表する事実経過の説明は再三にわたって間違いが訂正され、消費者の不信を増大させる結果となっています。調査が杜撰で、かつ国内での狂牛病発生が消費者や生産者に与える影響を軽んじた危機意識の無さが指摘できます。

情報の開示についても、千葉県が病理組織学的検査で狂牛病の疑いを認めた8月24日から動衛研の再診断結果を受けて9月10日に発表されるまでに半月を費やしています。消費者がその間にリスクに曝されることを考えれば、速やかな情報の提供が望まれたにも拘わらず、昨年の雪印の大規模食中毒事件の際の消費者への情報提供の遅れと同様の問題を繰り返しました。

こうした経過のなかで、農水省、厚労省が行なった対策は以下の通りでした。 これらの措置は、小出しではあったと云え、それ以前の対応に比べれば前進といえます。しかし、依然として対策の不十分さは拭いきれません。

[農水省の主な対策]

  • 緊急病性鑑定の実施(家畜保健衛生所職員による立入検査)
  • 牛に対する肉骨粉の使用を省令で禁止
  • 肉骨粉の一時的輸入禁止と国内での肉骨粉飼料の製造・販売の停止(但し国内での製造・販売は要請)
  • 牛の検査方法の厳格化
  • 狂牛病の疑いのある牛に関する追跡調査の拡大 
  • 厚労省の新検査開始前は対象牛の出荷自粛を指導
  • 生産者や流通者に経済援助
  • 疑似患畜関連牛のBSE検査及び焼却処分
  • 個体識別システムの早期始動
  • 肉骨粉と配合飼料の製造過程改善支援

[厚労省の主な対策]

  • 30月齢以上の牛を屠殺時にELISA法で検査
    (24月齢以上の牛に症状が見られた場合も検査)
  • 脊髄の除去徹底を通知
  • 12月齢以上の牛の危険部位除去を指導
  • 危険部位は焼却を指導
  • 狂牛病検査中の牛の屠場持出しを禁止
  • 精密検査対象を神経症状から全症状に拡大方針 

4.今後の対策についての日本生協連の主張

当面早急に必要な狂牛病対策の万全を期すとともに、「はじめに」で述べた認識から、以下を主張します。

(1)食品安全確保の社会システムの基本的な強化と確立

  1. 農水省・厚労省の縦割り行政の弊害を廃し、情報の共有化や施策の連携・統一を図ることが必要です。都道府県等での屠畜場も含む安全・衛生管理の実態を把握し、その水準を上げる必要があります。また、地方においても「食品安全指針」等を消費者参加で創り上げ、食品安全を確保できるシステムを整備する必要があります。
  2. 欧米で「農場から食卓」までといわれるような総合的かつ一体的な食品安全確保のためのシステム構築が必要です。そのため、迅速で確実な原因の究明と対策が可能となるように、トレーサビリティのシステムを早期に導入すること等が求められます。
  3. 欧米の事例に学び、リスク・コミュニケーションを確立するとともに、食品の安全を確保するシステムへの消費者参加などを位置付けていくことが必要です。そのため、食品衛生法の改正を行い、法目的に「国民の健康確保」や「食品の安全性の確保」を位置付け、国の責務を明らかにし、その視点から関連法制度を見直すなど、今日的な食品の安全を確保できる社会システムを早急に確立していかなければなりません。

(2)当面、必要な狂牛病対策

  1. 牛への肉骨粉給餌禁止に続き、全ての肉骨粉の輸入、国内での製造・販売の停止措置をとることは、従来から私たちが求めてきたことであり賛同できます。しかし、国内での製造・販売はメーカーへの要請となっており、拘束力が弱いため法的に禁止する必要があります。また、末端在庫などについての回収措置が必要です。あわせて、過去の欧州以外の第3国経由も含めた輸入や流通、利用の実態を引き続き把握することが必要です。
  2. プリオン検査が30月齢以上の牛だけが対象では潜伏期の牛が検査されません。全ての危険部位の流通禁止等の措置と合わせて対策をとることが必要です。また、厚労省が行なう精密検査の対象が神経症状から全症状に拡大されても農場で処分される牛が漏れる可能性があります。農場で処分される全牛もプリオン検査の対象とすべきです。
  3. 屠場での背割り廃止を含めた解体方法の改善の検討を評価します。早期に実施し、かつ確実に行なわれるようにすることが必要です。あわせて、国と都道府県等で全国の屠畜場の管理等の実態を早急に調査し、その結果を公表するとともに安全な解体方法の標準化と義務化を行なう必要があります。
  4. 危険部位の除去を指導の範囲で止めるのではなく、明確な禁止措置をとることが必要です。また12月齢以上の牛が対象とされているため、潜伏期の牛の危険部位が流通する恐れがあります。従って、危険部位の全てについて、屠場で除去し流通できないようにする措置が必要です。また、これまでの危険部位の流通・利用の実態を把握し、それを公表するとともに、調査から判明した必要な追加対策を行なうべきだと考えます。
  5. 個体識別システムは、飼料管理制度と組み合わせて給餌履歴などが解るものである必要があります。EUでは、各牛の出産から飼育、屠殺、流通に関わる記録が"パスポート"と呼ばれる書類として作成され、小売店まで繋がるシステムとなっています。日本でも、そうしたシステムを確立することが必要です。合わせて、羊等の他の家畜への拡大も検討されるべきです。
  6. 新たな事態の発生や調査の結果等について、透明で迅速な情報開示を行なうとともに、評価や対策の検討の過程に消費者参加を位置付け、リスク・コミュニケーションに基づく措置を積極的に採ることが必要です。

以上