復興に取り組む生協からの声〜生協にできること〜 【第16回】いわて生協けせんコープ「ふれあいサロン お茶っこ会」 寄り添い続けるために、ずっと支え合うために

生協の「お茶っこ会」を毎月楽しみに待ってくれる人たちがいる

2012年3月5日(月)、いわて生協けせんコープが、陸前高田市米崎町にある和野集落の公民館で「ふれあいサロン お茶っこ会」を開催しました。「ふれあいサロン」とは、仮設住宅の集会所などに組合員が伺い、お茶を飲みながらおしゃべりや健康チェック、手芸などを行うボランティア活動です。

左から飯塚さん、佐賀さん、出羽さん。「震災直後、全国の生協から物資をたくさん積んだトラックが駆け付けてくれたことが忘れられません」。

この日は、けせんコープ※の理事・飯塚郁子(いいづか いくこ)さん、代表の佐賀知子(さが ともこ)さん、リーダーの出羽光子(でわ みつこ)さんと新沼礼子(にいぬま れいこ)さんが、陸前高田市の保健師さんや地区の民生委員さんとともに、近隣の仮設住宅に住む方々を招き、血圧測定や手遊び唄で楽しいひとときを過ごしました。

 
※いわて生協では、地域に密着した活動を進めていくために、県内を16の地域(コープ)に分けて組合員活動を行っており、気仙地域(陸前高田市・大船渡市・住田町)を「けせんコープ」と呼んでいます。

難しいしぐさに四苦八苦しながらも、笑顔でチャレンジ。

和野地区は、「奇跡の一本松」から東へ約4kmほど行った米崎町の一集落で、公民館の近くには複数の小さな仮設住宅があります。
住民の参加者は7人。飯塚さんの合図で一斉に手遊び唄が始まりました。「あんたがたどこさ」では手振りで鼻や耳をつまみ、「春が来た」では“タ抜き”の歌詞で手拍子。歌いながらストレッチも兼ねるという一石二鳥のゲームですが、誰かが身振りや歌詞を間違えるたびに笑い声があがります。

(上)顔をあわせると、ついついおしゃべりが止まりません。(右)今回唯一の男性参加者・中川さん。

「仮設にいると笑う事もしゃべる事もあまりないもんね」「みんな来ればいいのにね」「今日は雪降ったから…」「寒いから私4枚も着てきたってば」。おしゃべりはあちらこちらに転がります。
84歳の菅原さんと80歳の鈴木さん。「お茶っこ会、毎月楽しみにしてるんだよ」と笑顔を見せます。男性参加者の中川さんは西風道(ならいみち)仮設住宅の代表。何度か参加し、先月飯塚さんに「西風道の仮設でもお茶っこ会をやってほしい」と依頼をしてくれたそうです。

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続けて会うから被災した人たちの心や体の変化に気づくことができる

ふれあいサロンがスタートしたのは昨年6月。自分たちで支援先を見つけ、お茶っこ会や炊き出しを行っていたところ、陸前高田市の保健師さんから「陸前高田でお茶会を運営しているボランティア団体の情報交換の場を設けるのですが、生協さんも参加しませんか」と声をかけられました。
当時、陸前高田にはさまざまなボランティア団体が入っていましたが、バラバラに動いていたのでどうしても支援先に偏りが出ていました。「生協さんには支援が届きにくい小さな仮設住宅を担当してほしい」と依頼され、「サロンお茶っこ報告会」と「陸前高田市保健医療福祉包括ケア会議」に参加するようになりました。

笑い声が響く「お茶っこ会」。心まで和んでいきます。

飯塚さんは「会に参加することで生協に求められているものがハッキリ見えた」と言います。
ボランティアの多くは学生や遠くから来ている団体。通年で支援に入れるわけではありません。「お茶っこ会を定期開催できるボランティアが少ないので、それをいわて生協ふれあいサロンボランティアや、けせんコープで担います」。

飯塚さんが笑うと、自然と笑顔の輪が広がります。

けせんコープが担当する米崎町エリアには和野、西風道(ならいみち)、和方、堂の前、佐野などの仮設住宅があります。現在、ふれあいサロンは大体3カ所で月に各1回ずつの開催。けせんコープが作った案内チラシのデータを保健師さんに送り、社会福祉協議会の生活支援員さんが1軒1軒に配布。さらに開催当日には、民生委員さんが高齢の参加者を迎えに行くという連携プレーで実施します。
もてなす側である生協は、リーダー会などで声をかけ、ボランティアの参加を募ります。「けせんコープのリーダー会は17人なんですが、全員一度はふれあいサロンに参加しています」。

最近はほかの仮設住宅からもサロン開催の要望が多くなったため、リーダー会だけでは手が足りなくなりました。そこでサロンボランティアを募集し、新たに2チームを作ることになりました。「和野地区のサロンはずっとリーダー会が担当し、ほか2カ所はサロンボランティアさんに担当してもらおうと思っているので、毎週、米崎町のどこかでお茶っこ会をやってることになりますね」

笑顔になった参加者を見るたびに、この会はこれからも続けていこう、と決意するのです。

和野地区をリーダー会が継続するのは意味があります。「私たちが続けて来ますからねと最初に言っているんです」。顔なじみになることで凍った心もほぐれる、変化に気づくこともあると言います。「気力を失っていた方が笑顔を見せるようになったり、気持ちが落ち着いて行動的になったり。それが嬉しい」と飯塚さんは話します。

保健師さんからの情報で、自宅や“みなし仮設※”に住んでいる被災者への支援もできるようになりました。「布団を流され、ずっと毛布にくるまって寝ていた被災者のお宅にお布団を届けたり、物が何もないと訴える組合員さんに衣類や日用品を届けたり」。お渡しした物資は、他地区の組合員さんから送ってもらった物です。

※みなし仮設:被災者が探した民間住宅や公営住宅を、仮設住宅とみなして自治体が補助金を出す制度。

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被災地で暮らす人の立場に立って考えることを忘れないでください

「欲しいのは、同情ではなく、支え合う心。相手の立場に立って、思いやる気持ちを求めています」

震災から1年、飯塚さんはほかの地区の理事さんから「あなた1年間よく倒れなかったわね」と言われ、「心配してくれていたんだなぁ」と驚いたそうです。
そんな飯塚さんには、忘れられない出来事があります。震災直後、被災地へ移動販売に行ったとき、泣いて迎えてくれた人や抱きついて喜ぶ人の中に、財布をお持ちでない方がいました。大勢いる中でその人だけ特別に無料とするわけにいかず、飯塚さんも非常に辛い思いをしました。飯塚さんが帰宅して自分に言い聞かせたのは「この先、冷静でいられ、きちんと判断できますように」ということでした。被災地の状況はそれほどまでに過酷で凄まじいものでした。

(左)いまだに積み上がったままのがれきの山。(右)いつかまたここに、高田松原が広がる日が来ることを願います。

飯塚さんが被災地以外の人たちに願うのは、「被災地から目を離さないでほしい」ということと、もう一つ「その人の立場に立って考えることを忘れないでほしい」ということです。テレビで流れるがれき受け入れ反対の声。「罵声が飛び交う場面を見せつけられる気分を想像してください」。また、「被災地のモノを“買ってあげる”のではなく、普通に“それ買うよ”と言ってほしい。…難しいことだとは思っているのですが」。
欲しいのは同情ではなく“支え合う心”。それは被災した方々の本音にほかなりません。

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