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生協だからこそできる、
電力事業に挑戦し続けていきたい。

髙橋 怜一

CHALLENGER

髙橋 怜一

株式会社 地球クラブ(子会社)
事業部長
2000年入協

髙橋 怜一
髙橋 怜一

まざまな部署で
0を1にする仕事を経験

髙橋 怜一

大学で環境問題に関する研究を行っていたこともあり、就職活動では”環境”をテーマにさまざまな業界を見て回りました。早くから環境に配慮したコープ商品などを開発していた日本生協連もその選択肢の一つ。しかし、入協前はまさか自分が電力事業の立ち上げに関わることになるとは思ってもいませんでした。入協後の最初の配属はカタログ事業部。当時、事業を急速に伸ばしていた時期で、編集担当や商品担当を経験しながら、スケジュール管理能力や仕事を組み立てる能力を身に付けました。その後、内閣府国民生活局の調査室へ2年間の出向。国民生活白書の編集に携わり、データ分析や数字に基づいた執筆を行う中で、すべての提案や判断に根拠を求める、いまの仕事のスタイルが磨かれました。また、外から生協を見たことで、生協に足りない部分も見えてきました。帰任後は政策企画部へ。食育をテーマにしたイベントを企画し、2日間で3万人近い参加者を動員させることができました。他にも、人事制度改革の起案など、こうして振り返ると、常に「0(ゼロ)を1にする仕事」に携わってきているのですね。それでも、その当時はまさか、電力事業を起こすとは思っていませんでしたが(笑)。

会的な課題解決に
挑む事業

髙橋 怜一

きっかけは、2011年3月11日の東日本大震災です。この大震災を機に日本生協連では「原子力発電に頼らないエネルギー政策の転換をめざして」と題する提言を発表しました。そして、提言だけでなく、その実現のために生協が何かできないかという議論が起こり、プロジェクトが立ち上がったのです。2012年には全国7カ所の物流施設に太陽光発電設備を設置。さらに、2014年6月、日本生協連の自家需要を賄うことを目的に新電力会社「地球クラブ」を設立しました。私はその法人設立のスキームを作るところから携わり、再生可能エネルギーの電源調達にも走り回りました。「生協」という看板があるとはいえ、電力会社としては新興企業。経営を安定させるまでは相当に苦労しました。ただ、事業としての安定だけを目指したわけではありません。「全国の組合員の想いとして動き始めた事業を絶対に終わらせてはいけない」という思いのもと、夢中で奔走したことを覚えています。現在では、供給規模も約70億円近くに。日本生協連だけでなく、組合員への電力の販売もスタートできるまでに経営も再生可能エネルギーの電源調達も安定してきました。当初の予定より少し早かったですね。しかし、ここはまだあくまでもスタートです。提言の実現に向けて、さらなるステージに挑戦し続けたいと思います。

髙橋 怜一
髙橋 怜一
髙橋 怜一

やるべきことは、
まだまだある

緑の線
髙橋 怜一

源の調達場所にこだわり、
新たなサービス開発も目指している。

髙橋 怜一

現在、再生可能エネルギーで発電された比率を最大限高めた電力を供給しながら、電気料金の削減に貢献できるよう事業を進めています。さらに、電源の情報公開と調達場所へのこだわり。例えば、被災地の復興事業として行われている木質バイオマス発電を利用するなど、できるだけ発電所との関係性やストーリーのある場所から調達するようにしています。今後は、毎日のくらしに欠かせない「電気」を介して、生協と組合員の結びつきをもっと強化できないだろうかと模索中です。自分で再生可能エネルギー発電所の電力を選んで利用できるサービス、電気の利用状況をもとにした見守りサービスがあっても良いと思います。日本生協連は、世の中の社会課題に対して、運動ではなく、事業として解決できる場所。0(ゼロ)から1を生み出す仕事も数多く待っています。

その他職員