生協と平和

「平和とより良い生活のために」——この言葉は、日本生協連の創立宣言の一節です。実は、生協にとって平和活動は、アイデンティティと言えるほど深い”つながり”があります。そんな平和活動がなぜ始まったのか?この時代に何を伝え、未来に何を引き継いでいくべきなのか?平和活動に取り組むお二人にお話を伺いました。

二村 睦子さん

日本生活協同組合連合会 専務理事。1991年に入協。学生時代に、大学生協の学生委員として平和活動に関わり始め、2017年頃から日本生協連の組合員活動部部長として本格的に活動に携わる。「ピースアクション」などスタディツアーの実施責任者として、若者や親子向けの平和活動を推進してきた。

小山田 仁美さん

コープながの 理事。2016年から現職。松代大本営地下壕のガイドを務めるなど、地域に根差した平和活動に尽力。若者や子どもたちが戦争の歴史を学び、平和を「自分ごと」として考えるための多様な取り組みを企画・実行している。

※プロフィールは取材当時

1 くらしと結びついた平和への願い

国際政治のような
大きな話ではなく、
「くらしの中の平和」なんです。

まずは、生協の平和活動の概要について、歴史も含めて教えてください。

生協の平和活動は、その原点に第二次世界大戦での苦い経験があります。戦時中は、生協だけでなく市民の様々な活動が制限されました。ある生協の定款にある「人類の福祉に資する」文言が「反戦思想」と見なされたこともあります。また、「統制経済」で食料品などが自由に販売できず、事業が継続できなくなりました。その経験から、戦後生協を再建する際に、「平和なくして、より良いくらしはあり得ない」という思いから、「世界平和への貢献」が理念として掲げられました。

その後、1954年のビキニ環礁での水爆実験をきっかけに、平和活動が本格化しました。当時、水爆実験によるマグロ漁船の被ばくが大きな問題となり、「食」という最も身近なくらしが脅かされる危機に直面したことが、人々を動かしました。全国の組合員が核兵器廃絶の署名活動に立ち上がり、草の根で活動が広がっていったんです。

国際政治のような大きな話ではなく、「くらしの中の平和」というのが、生協の平和活動の大きな特徴だと思っています。現在は、「ピースアクション」という広島や長崎、沖縄へのスタディツアーを主催し、現地で被爆者や戦争体験者の方々のお話を聞くなど、体験を重視した活動を続けています。

二村

コープながのでも、地域に根差した平和活動を重視しています。長野には、松代大本営地下壕などの戦争遺跡や無言館などの施設があります。私たちはそれらを訪問する見学会を企画し、組合員や地域の方々に戦争の記憶を伝えています。例えば、松代大本営地下壕であれば、なぜこんなにも大きな地下壕がつくられたのか、どんな役割を持っていたのか、当時この地下壕近くにくらしていた人は何を感じていたのか、など一つの場所を通じて多面的に戦争の記憶を知ってもらうことができるのではないかと感じています。

小山田

なるほど。くらしに直結した願いから活動が始まり、その精神が今も引き継がれているんですね。

松代大本営での見学会の様子の写真

2 戦後80年に生きる世代の、「継承」という使命

聴く責任。
語り継ぐ責任。

戦争を直接知らない私たちにとって、「継承」という言葉は重く感じられることがあります。このことについてどう思われますか?

まさにそれが大きな課題です。戦争体験者や被爆者の方々は高齢化が進み、直接体験を語れる方が少なくなっています。しかし、広島や長崎の若者たちは、「自分たちが被爆者の声を直接聞ける最後の世代だ」と強い使命感を持って活動しています。彼らは、体験者の話を聞いて終わりではなく、それを次の世代に語り継ぐ責任を感じているのです。

二村

はい。私も長崎のピースアクションに参加した際、被爆者の方が「もうあと3年は生きられないかもしれない。だから聞いたあなたが伝えてほしい」とおっしゃった言葉が、今も胸に残っています。その言葉を聞いたとき、「継承」という言葉の持つ重みと切迫感を改めて感じました。

小山田

語り部たちの体験談を継承していくこと。これから先、平和を維持していく上で本当に重要な活動だなと感じました。

そうですね。冒頭にもお話ししたのですが、生協が考え続けてきたのは「くらしの中の平和」なんです。なので、「人から人」へ、戦争の中のくらしの体験談を継承していくことも、私たちらしい平和活動として、次の世代に引き継いでいきたいですね。

二村

ピースアクションの写真

3 人や土地が受け継いできた、戦争の記憶

「毎日、爆破の音が
響いていた。」

冒頭でもお話しいただきましたが、生協の平和活動の特徴として、全国各地で活動する地域生協の存在が挙げられるのかなと思いましたが、いかがでしょうか?

そうですね。それぞれの地域生協が、地元の人や、戦争遺跡の記憶を次世代に引き継いでいるのは、長年に渡る平和活動の財産だと思います。例えば、松代大本営地下壕でのガイド中に、地元の高齢者がこんなことを話してくれました。秘密裡に工事が行われていた当時、「毎日爆破の音が響いていたが、何をしているのか分からなかった。今日初めて、その謎が解けた」と。国際政治など、マクロな視点では絶対に残らなかった記憶がしっかりと継承されていることを実感するエピソードでした。

小山田

今年は被爆・戦後80年ということで、全国の子どもたちが取材して作成する「子ども平和新聞」プロジェクトに取り組んでいます。地元の新聞社にご協力いただき、子どもたちが取材の仕方や伝え方を学びつつ、地元の戦争の記憶を記事にしていく、という活動です。こうした取り組みができるのも、生協ならではだなと思っています。新聞の完成が本当に楽しみです。

二村

「子ども平和新聞」の取材の様子

4 これからの時代に必要な平和の精神

大切なのは、
経験のなさを補う想像力。

最後に未来に向けて、どのような平和の精神を引き継いでいきたいですか?

戦争を直接経験していないからこそ、私たちは想像力を働かせることが大切だと考えています。私たちの活動が「今を戦前にしない」というメッセージを伝えるきっかけになるよう、これからも子どもたちに働きかけていきたいです。

小山田

おっしゃる通りです。そして、そんなメッセージを伝えていくために、伝え方の工夫を続けていくことも、私たちの使命だと感じています。例えば、広島市の基町高校では、高校生が被爆体験を聞き、それを絵で表現するという活動を19年にわたって続けられています。これは、被爆者の体験を高校生が自分自身を通すことで、失われていく情報に、新たな意味と力を与えて表現している、そんな活動だと感じています。先ほどお話しした、「子ども平和新聞」も含め、「想像力を働かせる」というのは、新しい継承の形を模索する上で非常に可能性を感じています。そして、未来の子どもたちに平和の精神をつないでいくために、今後も活動を続けたいですね。

二村

ピースアクションでの広島の高校生が描いた絵の展示

続いては「生協の未来」です!
1951年に設立された日本生協連。その活動の根幹には、設立当初から大切にしてきた「つながり」の力があります。
そんな"つながり"をテーマに、役員と社員が世代を越えてじっくりと語り合います。 生協の未来