数字で見る生協

そもそも生協ってなんだろう?
今回は、生協にまつわる4つの数字から、
生協の正体に迫っていきたいと思います。

今回の案内人

三浦 一浩さん

生協総合研究所
研究員

くらしと生協のあり方について研究する生協総合研究所に所属。主な研究分野は歴史とエネルギー。

福島 加南子さん

日本生協連 営業本部
東海支所

コープ商品の提案・供給に従事。組合員との商品学習会や平和学習、被災地支援も経験してきた。

※プロフィールは取材当時

日本の
生協の組合員数※1

生協を知る上で、まず最初にご紹介したいのがこの数字。組合員数は3,000万人を超え、実に日本全体の3分の1以上の世帯が生協に加入している計算になります。そもそも組合員とは生協の加入者を指しているのですが、いわゆる利用者とはすこしちがいます。生協とは、みんなでお金を出し合い、みんなで運営し、みんなで利用する協同組合であり、組合員はいわば生協という組織の共同所有者なのです。だからこそ、組合員一人ひとりの「こういうものが欲しい」「こういうサービスがあったらいいな」という願いをみんなで形にしていく。3,000万通りの願いが、混ざり合いながらつながっているのが生協のおもしろさであり、強さだと思います。

日本の
生活協同組合の数※1

生協、と聞くと、ひとつの大きな組織をイメージされるかもしれませんが、実際のところ、日本全国543以上の生協が、それぞれ独立した組織として運営されています。地域ごとの「地域生協」や、職場ごとの「職域生協」、大学ごとの「大学生協」、他にも「医療福祉生協」など、一口に生協といってもさまざまなコミュニティや事業ごとにつくられているのです
そもそも生協(生活協同組合)という言葉が生まれたのは、戦後の混乱期と言われています。みんなお金を出し合って、食糧などの生活必需品を共同購入したり、診療所や保育所、時には銭湯、床屋までつくったり、みんなで一緒に、安定した生活をめざして協同していました。戦前から生協はあったのですが、戦争で壊滅的な被害を受け、生き残ったのはごくわずかでした。戦後、生協を再生し、平和とよりよいくらしを実現していくため、各地の生協が手をとりあい、1951年に日本生協連がつくられたんです。その前身となる組織は、戦後すぐの1945年11月につくられています。全国の生協はそれぞれの地域にねざして多様に活動しながら、連合会を通じて協力しあっているんです。

日本の
生協の総事業高※1

生協って宅配だけじゃなくて、共済や福祉、医療など様々な種類の事業をやっていて、全てを合わせるとこんなに大きな数字になるんですね。生協ごとに展開する事業は異なっていて、数え切るのが難しいほどです。生協の事業は、すべて組合員さんの想いや願いから生まれています。たとえば、福祉事業は、困っている人を助けたいという想いをもとにした、組合員同士の助け合いの活動から生まれました。同様に再生可能エネルギーの開発・供給は原発に頼らない社会を実現したいという組合員の想いから事業化されたものですし、洗剤「コープセフター」は、かつて全国で河川の汚染が進むなかで安全・安心な洗剤を求めた組合員の願いから誕生した商品です。

日本の
生協のトラックの台数※2

生協といえば宅配のトラックを思い浮かべる方も多いかと思います。実際、全国で約25,000台のトラックが、山間部や離島も含めて日々稼働しています。このほかにも、各地の物流拠点や、全国250台以上の移動販売車、900以上の店舗があり、組合員のくらしを支えています。こうしたリソースは災害時にも大きな役割を果たします。令和6年能登半島地震の際は、自治体との災害時の協定に基づいて、物流網を活かした支援物資の配送や介護専門職員の派遣、炊き出しや災害ボランティアセンターの支援など、幅広い支援に全国の生協が協力して取り組みました。私も、何度か被災地支援の現場を経験しましたが、生協の被災地支援は、まさに、「協同の力」を象徴しているなと感じました。

生協を数字で見てみると、どれもとても大きな数字になりますが、それは組合員一人ひとりのくらしの願いをみんなで形にするという小さな営みの積み重ねなんです。多様な人がつながりの中で、大きな力を生み出している。そんな生協のおもしろさが、数字から伝わればいいなと思っています。

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※1:「第75回日本生協連通常総会参考資料集」の2024年度推計値より。
※2:「CO・OPサステナビリティレポート2024」より。