日本生協連は2005年4月11日、トランス脂肪酸問題について見解を公表しましたが、その後も多くのお問い合わせをいただいていますので、情報を追加、整理しました。
脂肪酸とは、食品の成分の一つである脂肪を構成している成分です。トランス脂肪酸は脂肪酸の一種で、油脂を多く含む菓子やパン、業務用の揚げ油の一部などに含まれます。その他に牛肉や乳製品などにも含まれています。
トランス脂肪酸は善玉(HDL)コレステロールを減らし、悪玉(LDL)コレステロールを増やすため、それ以外の脂肪酸とのバランスを欠いて多く摂取した場合は、心臓疾患などのリスクが高まると言われています。これが「トランス脂肪酸が体に悪い」と言われる理由です。
欧米諸国を中心に、トランス脂肪酸の摂取量が多い国や地域などでは、食品への表示義務や含有量の制限などの規制が行われている場合があります。一方、日本の食品安全委員会は、トランス脂肪酸の摂取量について、日本人のほとんどがWHO(世界保健機関)の目標である総エネルギー摂取量の1%未満であり、また、健康への影響を評価できるレベルを下回っていることから、通常の食生活では健康への影響は小さい。しかしながら、脂質に偏った食事をしている人は、留意する必要があるとの見解を出しています。
日本生協連としても、現在、普通の食生活をおくっている方は、トランス脂肪酸について特に心配する必要がないと考えます。また、例えば、悪玉(LDL)コレステロール値が高めの方も、まずは喫煙や運動等も含めた生活習慣全体を見直すことが必要で、食生活の改善もその一部です。
トランス脂肪酸は心臓疾患の危険性を増やすかもしれない一つの要因ではありますが、とにかくトランス脂肪酸さえ食生活から排除すればそれでよいということではありません。肉類、乳類、油脂類などに含まれる飽和脂肪酸にもLDLコレステロールの上昇作用はあり、こちらも心臓疾患の危険因子のひとつです。「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、飽和脂肪酸とトランス脂肪酸の血中コレステロールへの影響の大きさと現在の日本人のそれぞれの脂肪酸の摂取量を考慮すると、トランス脂肪酸の影響は、飽和脂肪酸の影響の12分の1程度とされています。
日本生協連は、食事からの脂肪のとり方について「トランス脂肪酸を減らすことだけにこだわるのではなく、脂肪を適切な量をとることと、農産物や魚介類も含めたいろいろな食べ物からバランスよく脂肪をとること」をおすすめします。
脂肪酸には不飽和結合(二重結合)のない飽和脂肪酸と不飽和結合のある不飽和脂肪酸がありますが、トランス脂肪酸とは、不飽和脂肪酸のうち、不飽和結合の部分での結合の仕方が対角線方向になっているものをいいます。不飽和結合の部分での結合の仕方が同方向になっているものをシス脂肪酸といいます。
一般に、飽和脂肪酸は融点(固体が液体になり始める温度)が高く、常温では固体、不飽和脂肪酸は融点が低く常温で液体ですが、トランス脂肪酸は常温で固体です。
◎トランス脂肪酸とシス脂肪酸の例
以上をまとめると、下図のようになります。
トランス脂肪酸が生成する原因としては、主として以下の3つが知られており、工業由来のものと天然由来のものにわけられます。
●工業由来のトランス脂肪酸
(1)植物油等の加工の際に行われる部分水素添加により生成します
植物油等の加工の際に、液体の油に水素を添加*1 して、脂肪酸の不飽和結合を減らす部分水素添加という方法が取られることがあります。これにより適度な硬さの固形油を得ることができ、また酸化しにくくなるという効果もありますが、トランス脂肪酸が生成します。業務用揚げ油には、サクサク感を出すためと、酸化防止のために水素添加油脂が使用されることがあります。
(2)油を高温で加熱する過程において生成します
たとえば、食用油を製造する際には脱臭(高温の水蒸気を吹き込む)という工程があり、このときに高温がかかりますので、トランス脂肪酸がごくわずかながら生成します。
●天然由来のトランス脂肪酸
(3)牛など(反芻動物)の胃の中で微生物により生成します
たとえば、牛肉の脂肪や乳脂肪には、少量のトランス脂肪酸が含まれます。これは牛の胃の中に生息する微生物によって生成される天然のトランス脂肪酸です*2。このような天然由来のトランス脂肪酸をどのように考えるか(表示や規制の対象とするか)は、国により対応が異なっています。
*1: | 脂肪酸の不飽和結合(二重結合)に水素を添加して飽和結合にする化学反応。 |
*2: | 天然のトランス脂肪酸は共役リノール酸(トランス結合の不飽和結合とシス結合の不飽和結合が入ったリノール酸の異性体)などで、工業由来のトランス脂肪酸とは異なるものがあります。(共役とは不飽和結合が飽和結合ひとつを隔てて隣接している構造のこと) |
水素添加とは化学反応で水素を付加することで、部分水素添加油脂は脂肪酸の反応部位(不飽和結合)の一部に対して水素添加を行った油脂のことです。水素添加の程度を変えることで油脂の融点や流動性、軟らかさなどの性質を調節することができますが、この過程で意図せずトランス脂肪酸が生成します。
なお、水素添加が完全に行われた場合(完全水素添加)には、全て飽和脂肪酸になることからトランス脂肪酸は生成しませんが、性質を調節することもできなくなります。
部分水素添加油脂は、マーガリンなどの軟らかさを改良したり、熱劣化の少ない揚げ油として使用されたり、菓子類に添加して口溶けや歯ごたえを改善したりする目的などに使用されることがあります。
「部分水素添加油脂は成分としてトランス脂肪酸を含んでいる」という関係となります。また食品に含まれるトランス脂肪酸には天然由来のものもありますので、部分水素添加油脂=トランス脂肪酸ではありません。
(1)動脈硬化や心臓疾患との関係
トランス脂肪酸は悪玉コレステロールといわれているLDLコレステロールを増加させ、善玉コレステロールといわれているHDLコレステロールを減少させます。
血中のLDLコレステロールが増加し、HDLコレステロールが減少すると、動脈硬化や心臓疾患のリスクが高まります。したがって、トランス脂肪酸の摂取と動脈硬化や心臓疾患のリスクには相関関係があると考えられます。これは、飽和脂肪酸と似た作用といえます。
LDLコレステロール、HDLコレステロールの変化は摂取脂肪酸のバランスと総量に影響されますが、トランス脂肪酸に関する実験を総括すると、総エネルギーのおおむね2%以上トランス脂肪酸を摂ると影響が現われるようです。
(2)その他の疾病との関係
2012年の食品安全委員会の評価書では、トランス脂肪酸の摂取と糖尿病、がん、胆石、脳卒中、加齢黄斑変性症及び認知症については、その関連を結論できなかったとしています。
一方、肥満及びアレルギー性疾患について関連が認められた、また、妊産婦、胎児等に対しては健康への影響が考えられたとしています。しかしながら、これらの影響はトランス脂肪酸摂取量の多い人々を対象とする調査結果であり、摂取量の少ない平均的な日本人では関連が明らかではないとしています。
2004年のEFSA(欧州食品安全機関)*1の意見書では、がん、2型糖尿病、アレルギー等の疾病とトランス脂肪酸摂取との関連性は「弱い(weak)」または「一貫性がない(inconsistent)」としています。
*1:日本の食品安全委員会に相当するEUの食品のリスク評価機関。
トランス脂肪酸で問題とされる心筋梗塞や狭心症といった心臓疾患のリスクは、脂肪酸の摂取量と摂取バランスに関係するものです。WHOはトランス脂肪酸の摂取を総エネルギーの1%未満にするよう勧告しています。
2012年の食品安全委員会の評価書では、日本人のトランス脂肪酸の平均摂取量は、総エネルギー摂取量に対して男性で0.30%、女性で0.33%と欧米諸国と比べて低い摂取量でした。また95パーセンタイル値(摂取量の多い方から5%の位置に当たる人の摂取量)は男性で0.70%、女性で0.75%であり、大多数の日本人はWHOの勧告する1%に収まるとしています。
1日当たり 摂取量(g) |
総摂取エネルギーに 占める割合(%E) |
|
日本 男性 女性 |
0.680 0.655 |
0.30 0.33 |
米国 | 5.8 | 2.6 |
EU(男性) | 1.2~6.7 | 0.5~2.1 |
EU(女性) | 1.7~4.1 | 0.8~1.9 |
また、日本では欧米と比較して、魚類などからの多価不飽和脂肪酸の摂取が多く、逆に食肉等からの飽和脂肪酸摂取は少ないため、平均的な食生活をしていれば、トランス脂肪酸の影響は心配ないと考えられます。
近年食生活の欧風化が進み、食肉等の摂取量が増えており、食生活によって飽和脂肪酸やトランス脂肪酸の摂取量が多くなる場合は、その影響を否定はできません。ただし、その場合でも、トランス脂肪酸の量を減らすことだけではなく、食肉類、菓子類、乳製品類等の摂取が多くなりすぎないように努め、農産物、魚介類などを適度に組み合わせ、野菜や果物、海藻類などを多く摂る、栄養バランスのよい食生活を心掛けられることをお勧めします。
クローン病は小腸や大腸などの消化器系に潰瘍、狭窄などができ、腹痛、下痢、発熱などを伴なう、慢性の病気です。免疫系疾患とされていますが、現時点では原因はよくわかっていません。欧米と比較すると日本では非常に少ない病気ですが、日本でも近年増加しています。
いくつかの食品の摂取量とクローン病の症例対照研究*1によって、クローン病のリスクを増加または低下させる食品があることが報告されています。クローン病は免疫系疾患ですので、食生活が発症リスクに関係したり、あるいは病気の悪化・治癒に関係することは考えられます。しかし弊会で調べた限り、トランス脂肪酸がクローン病の原因であるという明確な証拠となる報告はありませんでした。
病気の治療は、不確かな情報ではなく、専門医の指示に従っていただくことをお勧めします。栄養バランスのよい食生活は免疫機能にとっても重要です。
*1: | 症例対照研究とは、患者(症例)と患者でない人(対照)の双方について、リスク要因(食生活、生活行動など)を調べて病気と因子の関係を調べる疫学研究の方法。 |
2002年に開催されたFAO/WHO食事・栄養及び慢性疾患予防に関する合同専門家会合は、トランス脂肪酸の摂取に関する目標を総エネルギーの1%未満としました。
カナダでは2005年、米国では2006年1月から栄養成分表示にトランス脂肪酸の表示が義務付けられています。韓国も2007年12月から改正表示制度が施行され、トランス脂肪酸が義務表示の対象となっています。なお、コーデックス規格(国際食品規格)では、トランス脂肪酸は任意表示項目となっています。
食品中のトランス脂肪酸の含有量を制限する規制を最初に導入したのはデンマーク(2004年)で、加工食品の油脂中のトランス脂肪酸含有率を2%以下に制限しました。これに続いてスイス、オーストリア、アイスランド、ハンガリー、ノルウェーといった欧州の国々が同様の規制を導入しました。
2018年には米国、カナダが、工業由来トランス脂肪酸の主な摂取源となる部分水素添加油脂の使用を規制するという方法で、食品中のトランス脂肪酸を低減させました。
WHOは2018年に、工業由来のトランス脂肪酸の排除を目標に掲げました。加盟各国に対して排除に向けた措置の実施を呼びかけ、それを支援するアクションパッケージ(一連の措置)を提示しました。工業由来のトランス脂肪酸排除のために、食品の脂質100 gあたりの工業由来トランス脂肪酸を2 gに制限すること、または部分水素添加油脂の使用を禁止することのいずれかの方法で規制することをベストプラクティス(最善の取り組み)としています。WHOの2022年報告によると、60か国(人口にして34億人、世界全体の43%が対象)がトランス脂肪酸削減のための何らかの義務的な政策を実施し、このうち43か国(28億人、世界全体の36%)でベストプラクティス政策が実施されています。
一方で、表示義務や含有量の制限といった規制は設けず、事業者の自主的な低減対策を奨励するオーストラリアのような国もあります。オーストラリアにおけるトランス脂肪酸の平均摂取量は0.6%エネルギーとWHOの目標を下回っています。しかし、オーストラリアの食事ガイドラインにある、飽和脂肪酸とトランス脂肪酸の合計をエネルギー摂取量の10%未満とするという目標は達成できておらず、飽和脂肪酸の多い食品の摂取を減らすよう勧めています。
米国保健科学協議会(ACSH)が2006年10月に発行した「トランス脂肪酸と心疾患」という小冊子では、トランス脂肪酸という一つの要因だけの影響を誇張しすぎると、他のリスク要因から目がそれるため、公衆衛生上かえってよくないと警告しています。他の要因も考慮した総合的な対応が必要です。
消費者庁は2011年に「トランス脂肪酸の情報開示に関する指針」を公表し、トランス脂肪酸を表示する場合のルールを定めました。指針では、トランス脂肪酸を表示する場合には、飽和脂肪酸及びコレステロールの含有量もあわせて表示することとしています。
食品安全委員会のトランス脂肪酸の食品健康影響評価(2012年)では、日本人の大多数のトランス脂肪酸摂取量は、WHOの勧告する総エネルギー摂取量の1%未満であり、健康への影響は小さいとしました。ただし、脂質に偏った食事をしている人は、トランス脂肪酸摂取量のエネルギー比が1%を超えていることがあると考えられるため、留意する必要があるとしています。
厚生労働省が策定した「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、トランス脂肪酸は冠動脈疾患の危険因子の一つであり、目標量(生活習慣病の発症予防を目的とする指標)の算定を考えるべき栄養素であるとしています。しかしながら、その摂取量及び健康への影響が、同じく冠動脈疾患の危険因子として知られる飽和脂肪酸に比べてかなり小さいと考えられること、トランス脂肪酸の日本人における摂取量の実態が十分には進んでいないことなどを勘案して、目標量は設定されませんでした。参考として、「WHOや、アメリカなどいくつかの国では、トランス脂肪酸の摂取量を総エネルギー摂取量の1%未満に留めることを推奨している。日本人においてもトランス脂肪酸の摂取量は1%エネルギー未満に留めることが望ましく、1%エネルギー未満でもできるだけ低く留めることが望ましいと考えられる」としています。
農林水産省の調査によると、国内で流通する加工油脂中のトランス脂肪酸の減少がみられ(下表参照)、食品事業者により自主的な低減対策が進んでいることが窺えます。
品名 | トランス脂肪酸 | |
中央値 [範囲] |
中央値 [範囲] |
|
2006・2007年度 | 2014・2015年度 | |
マーガリン | 8.7 [0.36~13] |
0.99 [0.44~16] |
ファット スプレッド |
6.1 [0.99~10] |
0.69 [0.32~4.4] |
ショートニング | 12 [1.2~31] |
1.0 [0.46~24] |
これらの報告の通り、日本人の大多数は、トランス脂肪酸に関するWHOの目標を下回っており、通常の食生活ではトランス脂肪酸の摂取による健康への影響は小さいと考えられています。また、コープ商品も含め、マーガリンやパンなど、かつてはトランス脂肪酸の含有量が多かった食品におけるトランス脂肪酸の低減化が進んでいます。
引き続き、様々な努力によって、飽和脂肪酸に置き換えるのではない形でトランス脂肪酸の平均摂取量をさらに少なくし、また、多量摂取者の割合をさらに少なくするための具体的な対策が望まれます。
摂取量については、継続的かつより正確な調査が望まれます。
トランス脂肪酸のとり過ぎによる健康影響が大きな話題になったことを受け、現在市販されているマーガリン類やそれらを使った食品中のトランス脂肪酸含有量は減少傾向にあります。生協のマーガリン類についても、原材料の見直しにより、トランス脂肪酸の含有量を低減しました。
以下の表に、マーガリン類、コーヒー用ポーションの1食分に含まれるトランス脂肪酸等の含有量をお示しします。
※表は横にスクロール可能です
商品名 | トランス脂肪酸 (g/10 g) |
飽和脂肪酸 (g/10 g) |
コレステロール (mg/10 g) |
マーガリン*1 | |||
コーンマーガリン | 0.02 | 2.6 | 0.2 |
ケーキ用マーガリン | 0.06 | 3.1 | 0.2 |
バター入マーガリン | 0.08 | 2.7 | 3 |
ファットスプレッド*1 | |||
NEWソフト | 0.05 | 2.1 | 0.1 |
NEWソフト バターの風味 | 0.05 | 2.1 | 0.1 |
*1: | JAS規格では油脂含有率80%以上をマーガリン、80%未満をファットスプレッドとしています。 |
※表は横にスクロール可能です
商品名 | トランス脂肪酸 (g/4.5 mL) |
飽和脂肪酸 (g/4.5 mL) |
コレステロール (mg/4.5 mL) |
コーヒーフレッシュ | 0.002 | 0.5 | 0.05 |
◎参考資料
<この件のお問い合わせ先>
日本生協連安全政策推進室